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ピアニスト/音楽博士  鈴木陶子さん
第9回 「プレジャーガーデン」と「ザ・プロムス」

今年の夏は、色んな意味で大変熱かった!
これまでにないくらいの猛暑、加えてブラジルのリオで繰り広げられた
4年に1度のオリンピック、パラリンピックの連日連夜に及ぶ熱き戦いとその応援で、
寝不足の方も大勢いらっしゃるのではと思います。私も何を隠そう、その一人。
「オリンピックには魔物が住んでいる、」なんて表現している選手を何人も観ました。
どれだけ強い選手でも、一人一人の精神力や信念が常に試されているというか、
想像を越える戦いやドラマに、時間を忘れて見入る日々でした。

オリンピックの楽しみは競技観戦だけではありません。
芸術に携わる者として、開会式、閉会式のエキシビションは
何よりも楽しみにしている出し物の1つです。
エキジビションは開催国の文化や歴史に触れることができる貴重な時間です。
今年のリオでも、ブラジルがいかに多民族国家で、多くの国や地域の文化が
複雑に混じり合いながら築き上げられてきたのかを深く知る事が出来ましたが、
4年前のロンドン・オリンピックの開会式で披露されたエキジビションも、
イギリスという国を深く知るきっかけとなり、
シーンがどんどん展開される様子を、興奮と驚きを持って観ていたのを今でも覚えています。
特に印象に残っているのが、丘陵に穏やかに広がる田園風景の中で
沢山の羊の群れを追いながら素朴な生活を営む人々を描いた場面から、
大きな鉄の煙突がにわかに立ちのぼり、みるみる工業化が進んで、
煙にまみれた大都市へと変貌した場面です。


photo by The Department for Culture, Media and Sports

他の国よりも早く産業革命が起こり、都市文化の成熟もいち早く進んだイギリス。
18世紀、外国から多くの音楽家たちを惹き付ける大音楽都市へと成長します。
当時は自国で作曲家を育むことよりも、
外国の音楽家を招く方が当たり前だと考えられていたようです。
例えばヘンデルもハイドンも現ドイツ出身ですが、
招聘されてイギリスで大成功を収めていますし、
ピアノを習った事がある方でソナチネ・アルバムを勉強した事がある方なら
一度は弾いたことがあるであろう、クレメンティもイタリア人でありながら、
イギリスで楽譜出版業や楽器商、教育者としても成功を収めた音楽家です。

18世紀から19世紀にかけて、それまで一部の特権階級だけが楽しんでいた娯楽の為の音楽は、
経済的に豊かになった市民、加えて労働者が楽しめる時代へと変わっていきます。
音楽の大衆化、商業化です。
コンサートホールやダンスホールが登場し、
外国からの様々な音楽家による演奏会がますます盛んに行なわれるようになっただけでなく、
ピアノは様々な技術革新により、大きく豊かな響きを持つ楽器へとどんどん改良され、
ミドル・クラスの家庭ではピアノが豊かさの象徴となって広まり、
印刷技術の向上で大量に安く出版できるようになった楽譜の売り上げが、
当時の音楽の人気を計るバロメーターでもあったようです。
今のようにCDやDVDが無かった時代、自分たちで楽譜を読み、演奏することが
音楽を知る唯一の方法でもあり、ダンス同様、演奏できることもたしなみの1つであったようで、
ディナー後の楽しみとして、室内楽を演奏したり、
お客様のおもてなしに歌やピアノを披露して楽しんでいたなんて、随分優雅だなあと思います。
もちろん、裕福な家庭に育った子女にとって、ピアノなどの楽器が弾けたり、歌が歌えたり、
うまくダンスが踊れることは、良き伴侶を求める為にも絶対欠かせないたしなみで、
その為に一生懸命、習い事に勤しむことが自らの務めでもあったわけですから、
随分時代は変わったものです。


“The Music Room” by George Goodwin Kilburne (1834-1924 London)

さて、18〜19世紀、人々が楽しみ集う場所として、ロンドンに次々と誕生し、
大変人気を博した公共の娯楽場があります。
それが「プレジャーガーデン (pleasure gardens)」で、
近代の遊園地の始まりとも称されている施設です。
普通の公園と違うところは、森や散策ができる小径の他、
オーケストラも演奏出来るコンサートホール、野外ステージ、スポーツ施設、見せ物小屋、
動物園、飲食が出来る施設、社交ダンスに劇場、仮面舞踏会、アクロバット、そして花火まで
何でも楽しめたようで、今で言うテーマパークのような所だと思います。
ちなみに、ロンドン郊外に出来たティーガーデンも、プレジャーガーデン同様、
身分、性別を問わず誰でも入場できることで、女性たちの間で大変人気がありましたが、
こちらはプレジャーガーデンより規模が小さいものを指したようです。
プレジャーガーデンではプロムナードコンサート(promenade concerts) と呼ばれるコンサートが
行なわれていました。プロムナードコンサートは普通のコンサートと異なり、
野外ステージなどで演奏され、聴衆はその音楽を聴きながら散策する事が出来ました。
演奏される曲は、社交ダンスの音楽、沢山の曲がメドレーで飛び出すカドリールや
コルネットのソロまで、当時、人気の高かった様々な音楽が登場しました。

当時、ロンドンには音楽を提供するプレジャーガーデンが38施設もあったようで、
最も大きな施設だったのがヴォクスホール・ガーデンズ(Vauxhall gardens 1661-1859)、
もうひとつ、演奏出来る事が大変名誉だとされていたのが
ラヌラー・ガーデンズ (Ranelagh Gardens 1742-1803)です。
幼い頃、神童と謳われていた7、8歳のモーツァルトは、1764年、父と共にロンドンを訪問、
ラヌラー・ガーデンズのプロムナードコンサートに登場し、チェンバロやオルガン演奏を披露したそうです。
そういえば、あるモーツァルトの伝記本で、
お茶や雑談を楽しむ沢山の女性たちに囲まれた中でチェンバロを弾いている
幼いモーツァルトの姿を描いた絵を見た記憶が。
今、私達が知っているクラシック音楽の演奏会のイメージとは全くかけ離れた
カジュアルな雰囲気、解放された空間である野外ステージで、
今のピアノよりもずっと小さな音量しか出ないチェンバロを弾いたというのは、
最初はかなり違和感さえ感じましたが、これが当時の流行の最先端だったと考えると、
モーツァルト親子にとったら、大変名誉あることだったに違いありません。

The Rotunda at Ranelagh Gardens in Chelsea near (now in) London by Thomas Bowles, 1754.

プロムナードコンサートのスタイルがインドアに持ち込まれたのが19世紀。
このコンサートのように音楽を聴きながら飲食も楽しめたり、演奏中も歩くことが許されたり、
チケット代も求めやすい価格で、カジュアルに楽しめるクラシック音楽のコンサートがあれば、
普段はそのようなコンサートに足を運ばない市民にも
広く芸術音楽に親しんでもらえる機会になるのではないかと、
1895年、興行主のロバート・ニューマン(Robert Newman 1858-1926)が、
当時新しく建てられたばかりだったクィーンズホール(Queen’s Hall)でスタートさせたのが、
ザ・プロムス(The Proms)或はBBCプロムス(BBC Proms)と呼ばれるクラシック音楽の祭典です。
このコンサートシリーズは現在も存続しており、
今はロンドンのシティ・オヴ・ウエストミンスターにある
ロイヤル・アルバート・ホール(Royal Albert Hall of Arts and Sciences) を中心に、
夏の8週間の間に70以上のイベントが行なわれる世界最大のクラシック音楽祭となっています。
そのコンサートはBBCを通じて、今ではインターネットで観たり聴いたり出来るので、
世界の何処にいても楽しめるようになり、
日本に居ながらもその雰囲気が味わえるようになりました。

ザ・プロムスで一番の盛り上がりを見せるのがシリーズ最終夜のコンサート。
ほぼ毎回9月の第2土曜日に開催されます。
この日のプログラムの後半は、決まってイギリスの栄光を称える、愛国心に溢れる曲が
ほぼ毎年、お決まりのパターンで登場します。
この夜は少し無礼公的な雰囲気があって、ホールに音が鳴る風船や、国旗などを持ち込む事もOK。
服装もユニークな人が多く、愛国心を表すために、国旗を感じさせる衣装やアクセサリ、
帽子などを身につけた人が殆どで、最初からお祭りムード満載です。
毎年、お決まりのパターンで登場する曲の中で、特に盛り上がりを見せるのが、
前回ご紹介したエドワード・エルガー(Edward Elgar [1857-1934])が作曲した行進曲
『威風堂々 (Pomp and Circumstance)』Op.39 第1番が演奏される時です。
メロディーを聴けば、きっと「ああ、この曲!」と気づかれると思います。
行進曲だけあって、いたるところでトランペット等の金管楽器が鳴り響き、
弾むような心地よいリズムで威勢も良いし、元気をくれる1曲です。

『威風堂々』第1番は、威勢の良い行進曲の部分、
穏やかで落ち着いたテンポの中に威厳さや神々しさを感じさせる中間部、
最初の行進曲の部分の再現、そこから更なる盛り上がりをもって、中間部のメロディーが
壮大なスケールで登場、勢いよくエンディングに向かうという構成になっています。
この曲になると、聴衆は決まって行進曲の部分でオーケストラの演奏に合わせリズムを取り、
中間部にさしかかってくると、待ってましたと言わんばかりに音楽に合わせて旗を振り、
そのメロディーに合わせて皆が一斉に歌うのです。
その歌詞は元々この曲に最初から付けられたものではありません。
エルガーが、この中間部分を大層気に入ったエドワード7世がその箇所に歌詞を付けることを
希望していた事実を知り、ちょうどエドワード7世とアレキサンドリア王妃の戴冠式の
ロイヤル・ガラの為の作曲委嘱を受けていた事もあって、
このメロディーを使って合唱曲『戴冠式頌歌 (Coronation Ode)』を書いたところに由来します。
その部分のタイトルが『希望と栄光の国 (“Land of Hope and Glory”)』。
今ではイギリス第2の国歌と呼ばれる程、皆に親しまれている曲なのです。

面白いのは、指揮者が何も言わなくても、聴衆がオーケストラと1つになって音楽を作っているところ。
行進の部分では、人々は立ったり、少ししゃがんだり、音楽に合わせて拍子を取り、
中間部も、最初は少し弱めに歌い、繰り返しになると、少し大きな声で歌い、
エンディング間際に再度出てくると、ホール中に響き渡るような大きな声で歌います。
音が鳴る風船も、パチン!と何かをはじく大きな音も、
まるでエルガーが書き足したかのように、上手い具合に曲に合わせて音が鳴らされる。
かけ声もそう。絶妙なタイミング加減に会場から笑い声が起こることも。
でも、この時は指揮者が目くじらを立てて、観客を睨みつけるような事はありません。
全てがパフォーマンスの一部なのです。
その盛り上がりたるや、本当に長いシーズンの締めくくりに相応しい賑わいです。
もちろん、1度では誰も満足しないのを知っているから、指揮者も必ずアンコールに答え、
同じ箇所を再度演奏。毎回、大盛り上がりです。
近年では、ホールに入れなかった人たちの為にパブリックビューイングもあり、
他の会場でも、この時は一斉に中継をつなぎ、みんなでこの曲を歌います。
この盛り上がり方と、皆で喜びを分かち合っている高揚感と一体感が本当に凄くて、
音楽の力を感じずにはいられない瞬間なのです。
その最終夜のコンサートの様子は特にYouTubeでも沢山見つけることが出来るので、
ぜひ皆様も”Elgar, BBC Proms”というキーワードを入れて検索して聴いてみてください。
映像から溢れんばかりの興奮が伝わってきて、
まるでその場にいるような気分に浸れること、間違いないです。

参考文献:
Hough, Suzan.(2010) Edward Elgar and His World. N.J.: Prinston University Press. / Reed,W.H.(1946) Elgar. London: Dent. / Edward Elgar (August, 29, 2016, 0:42 UTC In Wikipedia: The Free Encyclopedia. Retrieved from https://en.wikipedia.org/wiki/Edward_Elgar / Pleasure Garden (August 29, 2016, 19:19 UTC In Wikipedia: The Free Encyclopedia. Retrieved from https://en.wikipedia.org/wiki/Pleasure_garden / 下楠昌哉編『イギリス文化入門』、2010年、三修社。

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