著述家/英国陶器スージー・クーパー研究家  飯塚恭子さん
第2回 英国陶器 「ストーク・オン・トレントにて」

晩秋、イングランドの陶郷、スージー・クーパーの故郷でもある
ストーク・オン・トレントに行って参りました。
エインズレイはもちろん、ウエッジウッド、ロイヤルドルトン、ロイヤルアルバート、スポード等
たくさんの陶器製造業者でにぎわっていたころは昔のこと。
もちろん、製造はされていますが、かつて栄えていた時代とは異なり、
窯から立ち上る煙も少なくなった今では、
澄み切った青空と晩秋の穏やかな日光の輝きを受けながらゆったりと流れる運河が印象的でした。

私たち旅の一行は、バーレイ社の工場見学に行き、そこで6〜7人のグループに分けられました。
少人数の方が回りやすいということもありましたが、一番の理由は建物がヴィクトリア時代のもので、
たくさんの人数が入ると床が危ないそうで階段も当時のままということでした。
かつて繁栄したころは、門番がいて、ちょっとでも遅刻しようものなら門を閉ざしてしまって、
中に入れなかったそうです。
陶器製造に携わっていた労働者は貧困でしたし、
衛生面でも何百人という労働者に対してトイレはたった3つだったとか。
過酷な労働者の姿を想像できました。

そのヴィクトリア時代からしばらくして、1930年代にスージーは、この地で自分の窯を持ち
陶器製造業に乗り出したのです。
当時女性が仕事を持つ時代ではありませんでしたし、
会社設立なんて飛んでもない時代だっただけに、地元の新聞には
スージーの会社設立が記事になったほどでした。
ヴィクトリア時代はまだ陶器は大変高価で貴族階級の方々のものでしたが、
産業革命によって豊かな中産階級が登場し、また一方で陶器製造業も発達したため、
陶器産業は一気に拡大した時代でした。
つまり、スージーはいい時代の波に乗ったのでした。

当時の面影が残る工場を回りながら、今は無きスージーの工場もこんな感じだったのかと思うと
胸にこみ上げるものがありました。
さすがに人気の『エマ・ブリッジ・ウオーター』の工場は活気に満ちていて、
現代食器といった感じで楽しかったです。

これはエインズレイのアンテイークのカップ&ソーサー。
年代不詳となっていますが、このオリエンタルな絵柄からは
ヴィクトリアン時代後期ではないかと思われます。

ヴィクトリア時代は、お茶の普及とともにアジア、特にお茶の産地である中国に
興味を持つ人々が多く、「シノワズリー」としてその雰囲気は人気を博しました。
エインズレイの「ウイローパターン」もそうですし、
バーレイの「アジアンテイックフェザンツ」も東洋趣味の薔薇と蝶が人気のパターンです。
「ウイローパターン」は、多くの陶器会社がこの図柄を使用しており、
日本ではニッコー陶器が製造していますので、一度は目にされたことがあるかと思います。
図柄の原点は中国ですが、実際に陶器の原点は英国という特徴ある絵は
意味あるストーリーとともに愛されています。

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