ピアニスト/音楽博士  鈴木陶子さん
第4回 「古代ギリシャに思いを馳せて」

海外での日本食ブームが語られるようになって何年になるでしょうか。
sushi(寿司)、tempura(天ぷら), tofu(豆腐)など、日本語での名前自体が、
現地でもそのまま使われる食べ物が多くなった点からも、
日本食がどれだけ海外に浸透してきたか感じることができます。

平成25年12月4日、日本の伝統的な食文化としての和食が
ユネスコ無形文化遺産に登録され、更に脚光を浴びるようになりました。
これまであまり理解されていなかった「旨味」を新たな調味料と捉え、
夫々の国にあった旨味を探し出し、使い始めたというのだから驚きです。
これは人間の底知れぬ好奇心と探究心があってこそではないでしょうか。

日本から飛び出し進化した食べ物といえば茶もそうです。
戦国時代、日本に布教活動に訪れていた西洋人が、
武士の社交儀礼である茶の湯に出会い、この未知なる飲み物を体験。
当時の記述からは、美味しい飲み物というより煎じ薬のような印象。
しかし、どうもこの苦い飲み物のおかげで、東洋人は健康を維持し、
長寿のようだと報告しています。
その上、遠くミステリアスな国からやって来た高価な飲み物となると、
富と権力を誇示したい王侯貴族が飛びつくわけです。

初めてこの「東洋の神秘薬」が中国や日本からオランダに輸入されたのが、
17世紀初頭の1610年。音楽史で云う、バロック時代初期。音楽の世界でも
様々な変化が起こっていた時期で、オペラの誕生もそのひとつ。

オペラを作る試みが始まったのは1570年代のイタリア・フィレンツェ。
きっかけは、ルネサンス期から始まっていたギリシャの古典や諸学問の研究。
ジョヴァンニ・デ・バルディ伯爵邸で定期的に集うカメラータと呼ばれる、
知識人、人文主義者、音楽家たちのグループが、古代ギリシャの悲劇について、
研究し始めたところにあります。

当時の主な音楽はルネサンス期の流れを組む、調和と均衡を重んじた多声音楽。
それまでに築かれた作曲上の約束事に絶対厳守だったため、
音の響きに調和と美しさがあり、歌詞は聞き取りやすいが、
歌詞の内容や、言葉の音のリズムと必ずしも一致しているものでは
ありませんでした。
一方、古代ギリシャの悲劇は語りも歌いながら演じられており、
言葉のリズムや歌詞の意味を最大限表現していたと知って、カメラータ達は
自分たちの手でそのような歌い方、音楽劇を復興しようと考えたのです。

この時期、ソロの歌に和音での伴奏(通奏低音)という演奏形態が確立され、
歌い方も、語りに少しの節回しが入ったようなレチタティーヴォ、
心情を朗々と歌うようなアリア、その中間的な歌い方であるアリオーゾなどが
形作られていきました。ここに、それまで宮廷の祝祭などで上演され人気があった、
マスケラータ(仮面劇)、パストラーレ(牧歌劇)、インテルメディオ(幕間劇)など、
演劇のアイデアと、合唱、ダンス、器楽曲、豪華な舞台装置などが組み合わされ、
人々を魅了してやまないオペラというジャンルへと発展していきました。

初期に作られ、現在でも度々上演されるのが、アレッサンドロ・ストロッジオ
(Alessandro Striggio: ca.1573-1630)が台本を書き、クラウディオ・モンテヴェルディ
(Claudio Monteverdi: 1567-1643)が作曲し、1607年にイタリアのマントヴァ公国
(Mantova)の宮廷でカーニバルの時期に初演された『オルフェオ (L'Orfeo)』です。

『オルフェオ』はギリシャ神話のオルフェオとエウリディーチェの婚礼で起こった
悲劇を題材に書かれた有名なお話。

婚礼の宴を前に喜ぶ竪琴の名手オルフェオ。
しかし、エウリディーチェが毒蛇に噛まれ、亡くなったというニュースが。
彼は途方に暮れるも、エウリディーチェを連れ戻しに冥界へ旅立つ決心をする。

彼の華麗な歌声と竪琴が、三途の川の渡し守や、
地獄の王の妻の心までも揺り動かし、
地上に帰るまで絶対振り向かないという条件で、
エウリディーチェを連れ帰るところまで漕ぎ着けたのだが、、、、。

モンテヴェルディの『オルフェオ』は、場面の情景描写や、
登場人物の心情描写などが、多様な手法で表現されていると共に、
器楽曲も本当に美しくて、今の私たちの心をも揺さぶる作品です。

これ以後オペラは主にヴェネチア、ナポリ、フランスで其々に
発展していくのですが、イギリスに入ってくるのは少し後。

イギリスはルネサンス時期よりマスク(masque)と呼ばれた、
仮面を付けた俳優のパレードで始まり、派手な舞台装飾と、
合間のパントマイム、舞踏、歌、合唱などが散りばめられた、
宮廷仮面劇に人気がありました。
ピューリタン革命以後、共和制の時代は劇場が封鎖されていたため、
1660年の王政復古を待つこととなり、第3回でお話した、
パーセルの時代から花開いていくことになります。

パーセルも数々の名作を生み出していますが、次回は、
バロック時代を代表し、同じ1685年に生まれた2人のドイツ人作曲家、
バッハと、イギリスへ渡り、成功を収めた作曲家ヘンデルについて、
お話したいと思います。

参考文献:2007;Cha Tea 紅茶教室『英国ティーカップの歴史:紅茶でよみとくイギリス史』河出書房新書;
2012久保田慶一、他『はじめての音楽史 増補改訂版:古代ギリシアの音楽から日本の現代音楽まで』音楽之友社、
2009;Palisca, Claude V.: Baroque Music, 3rd ed., Prentice Hall Inc., 1991

画像:Wikipedia Commons, 個人所有、その他

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