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ピアニスト/音楽博士 鈴木陶子さん
第8回 「Salut d’Amour」〜愛の誓いをメロディーに託して〜

長く待ちこがれた春もあっという間に過ぎ、気がつけば新緑が目映い季節となりました。
町中でも様々な花が今この時とばかりに次から次へと咲き出し、虫たちも大忙し。
道端に咲く、名も知らぬ雑草でさえ、とても可愛らしい花を付けて、目を楽しませてくれます。
新しく映え揃った若葉の緑は目にも優しく、 青い空に映える緑と色とりどりの花を見ているだけで心が浮き立ちます。

5月になると、その香りと可憐な姿で楽しませてくれるのがバラ。
この時期、美しく咲き乱れるバラを見ると何故か私の頭の中に浮かんでくるメロディーがあります。
それがイギリスを代表する作曲家、エドワード・エルガーの「愛の挨拶」です。
CMにもよく使われている曲なので、メロディーを聴けば、「ああ、この曲知ってる!」と思われるでしょう。


(左:1899年版『愛の挨拶』の表紙,右: 1913年に初版が出版されたJ.Cuthbert Hadden著 ”
Modern Musician”に掲載されたエドワード・エルガー [Wikipedia Commonsより])

「愛の挨拶」は元々ヴァイオリンとピアノの為に書かれた曲です。
この曲でバラの花を連想してしまうのは、この楽譜の表紙のインパクトが強かったからかな、
とも思いますが、私のイメージでは「愛の挨拶」は深紅のバラというより、淡いピンクのイメージ。
純粋な喜びに溢れんばかりで何処か初々しく、新緑を駆け巡るそよ風と共にふわっと漂う、
甘いバラの香りのような音楽に感じるのです。
清々しいそよ風のようなピアノ伴奏に、ヴァイオリンの甘いメロディーのデュエットは、
聴く人をみんなハッピーな気分にしてくれます。
でも、何故、そんな印象を受けるのだろう、、、ちょっと疑問ではありましたが、
この曲が生まれたエピソードを聞いた時、その答えが見つかった気がしました。
そのエピソードとは、、、

ここの曲の誕生秘話の前に、エルガーについて少しお話しましょう。


エドワード・エルガー(Edward Elgar [1857-1934])は日本でいう幕末期から明治、大正、
そして昭和初期に生きた作曲家。
前回の日本の国歌が生まれた話とも時代が少し重なります。

エドワード・エルガーはイギリスのウスター(Worcester)近郊に7人兄弟の4番目として生まれました。
父親はロンドンの音楽出版社で経験を積んだ後、ウスターでピアノ調律師をしながら、
兄弟と共に楽器や楽譜を売る楽器商を営み、セントジョージ・カトリック教会でオルガニストを務めていました。
そればかりでなく、ヴァイオリンで地元のオーケストラに参加し、フェスティバルで演奏したり、
近所で何か演奏する機会があるとヴィオラやピアノで参加する、マルチな音楽家。
農家出身の母親は文学と芸術が大好きな人物で、沢山の本を読み、子ども達にも常に様々なお話を聞かせていたと言います。
こんな両親の元で育った子ども達。
幼い頃から皆、楽器を習い、後に地元のオーケストラなどで一緒に演奏する程でした。
その中でも、エドワードは早くから音楽に興味を示し、父親の仕事や演奏を傍らでじっと見つめていたと言います。
8歳になった時、彼はピアノとヴァイオリンを習い始めました。
最初の手ほどきは父親、その後、地元オーケストラのメンバーからヴァイオリンを学びました。
時折、父親が調律に訪れる地元の有力者の家を一緒に訪れ、演奏を披露していたようです。

このように、エルガーは普段の生活から空気のように音楽が溢れている環境の中に育ちました。
彼に最初に音楽を教えたのは教会。
8歳か、9歳の頃には音楽図書館や父親の楽器商に置いてあったあらゆる本、
例えばオルガン教則本、音楽辞書に書かれた論文、音楽理論、対位法、通奏低音の本などを読みあさり、
独学で音楽に関するあらゆる知識を学びました。
著名な演奏家も度々訪れていたようですが、町で行なわれるあらゆる演奏会に足を運ぶ毎日。
音楽に囲まれた生活の中で、エルガーの音楽的な分析力と感性が豊かに育まれ、
22歳になる頃にはピアニスト兼指揮者として町のオーケストラに雇われ、
ロッシーニやモーツァルトなどの曲を手に入る楽器編成に合わせて編曲するまでになっていたのです。

地元の音楽家に普通の指導を受ける以外はほぼ独学で音楽を学んだエルガー。
しかし、22歳の頃、どうしてもヴァイオリンの技術を上げたくて、
当時ロンドンにしばらく滞在したハンガリー出身のユダヤ系ヴァイオリニスト、
アドルフ・ポリッツァー(Adolf Politzer [1832-1900])の元で学びます。

しかし、これもほんの1年程度だけ。
本当は、ドイツのライプツィッヒ音楽院へ進学して学ぼうと希望を抱き、ドイツ語も勉強していたようですが、
父親に彼を留学させる程の経済力はなく、断念せざるを得ませんでした。
後にお金を貯めて、パリやライプツィッヒなど主要な音楽都市を訪れ、 著名な音楽家達の演奏に多いに刺激を受け、
作曲家になる強い決意を固めるわけですが、これまでほぼ独学で学び、良い意味でも悪い意味でも我流で
作曲や編曲に取り組んできたエルガーは、過去の作曲家の作風に囚われすぎることも、
師事した先生からの強い影響を受ける事もなかったが故に、イギリスの風土や文化を深く吸い込んだ、
エルガー独自の音楽性を育むことができたと言われています。

さて、お話を「愛の挨拶」の誕生秘話に戻しましょう。

エルガーが29歳の時、準男爵で陸軍少佐の一人娘のキャロライン・アリス・ロバーツにピアノを教えることになりました。 彼女はエドワードよりも8歳年上で、既に詩歌や散文も出版したことがある才女。
そのアリスが出逢いから3年後、エルガーの妻となります。
この“Salut d’Amour” Op.12は1888年、エルガーがアリスに婚約のプレゼントとして 贈ったのがこの曲なのです。
婚約のプレゼントに愛のいっぱい詰まった楽曲なんて、何とロマンチックなお話でしょう。

しかし、それとは裏腹に、2人の恋は必ずしも祝福されたものではありませんでした。
問題は宗派と身分の違い。格式ある称号を持つ家庭に育ったアリス。
2人の恋を知った時、彼女の家族は娘がローマ・カトリック教徒で、店先に立って働く、名も知れぬ音楽家と恋に落ち、
結婚しようとしている事に恐怖を抱き、なんとアリスの相続権を奪い、勘当してしまったのです。
階級意識が強く、ましてやイギリス君主を長とする英国聖公会が主流のイギリスにおいて、
2人に対する風当たりの強さは相当なものであったのではと推測されます。
しかし、アリスの決意は固かったのでしょう。
1889年5月8日、ブロンプトン祈祷所 (Brompton Oratory)でエルガーとアリスは結婚します。
以後、アリスは亡くなるまでエルガーのビジネスマネージャー兼秘書となり、
作品が世間に認められずに落ち込む彼をなだめ、励まし、音楽面では洞察力のある的確な批評家として、
陰となり日向となって彼を献身的に支えました。
結婚後、二人三脚で少しずつ名声を高めていったエルガー。
イギリス国民から絶大な人気を誇る作曲家へとなっていただけでなく、
1904年7月5日、バッキンガム宮殿において、ナイトの称号を授かるまでになったのです。

イギリスを代表する作曲家となったエルガー。
他にも有名な作品は数多くありますが、その代表作の1つで、毎年夏の音楽祭の最後を飾り、
国民がみんな一緒になって合唱する部分が出てくる曲が「威風堂々」なのですが、
これはまた別の機会にお話するとしますね。

ところで、このお話を書いていたら、この曲にぴったりなバラを探してみたくなり、近郊のバラ園を訪ねてみました。
バラの季節には少し早めでしたが、既に様々な色や種類のバラが咲き始め、人々を楽しませていました。
色とりどりのバラを眺めているうちに、この曲には、淡いピンクだけでなく、
様々な色や表情の違うバラが似合う気がしてきました。

エルガーとアリスの逆境をも乗り越えた愛の深さに深紅のバラのイメージを重ね合わせて弾けば、
ちょっと情熱的でドラマチックな演奏になるだろうし、2人の純粋な愛に淡い色のバラのイメージを重ねれば、
清々しい感じの演奏になるでしょう。
逆を言えば、弾き手がその曲にどういうイメージを持ち、どんなふうに表現しているかで、
聴き手が受け取るイメージも変わってきます。
夫々が学んだ環境の違いが音に出ることはありますが、その曲から、作曲家の意図をどう読み取り、どんな思いを重ね、
どう描き上げるかは演奏者次第なので、同じ曲を弾いても皆少しずつ違いが出て面白い。
同じ曲を聴き比べてみると、意外な発見があったり、自分の好みが分かったりもして、音楽を聴く楽しさが増します。
バラが世界に溢れ出すこれからの季節、二人の愛の誓いとも言える「愛の挨拶」を聴きながら、
どんなイメージが膨らむか、また、どんなバラのイメージを抱くのか、色々連想してみてください。
これまでとは、またひと味違った音楽の世界が広がると思います。

参考文献:Hough, Suzan.(2010) Edward Elgar and His World. N.J.: Prinston University Press. / Reed,W.H.(1946) Elgar. London: Dent. / Edward Elgar (May 1, 2016, 0:42 UTC In Wikipedia: The Free Encyclopedia. Retrieved from https://en.wikipedia.org/wiki/Edward_Elgar / 「エドワード・エルガー」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(ja.wikipedia.org/)。2016年5月1日0時47分(日本時間)現在での最新版を取得

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