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英国紅茶研究家/ライター 斉藤由美さん
第3回 「ティーカップをめぐる物語」

さまざまな形状や色とりどりの美しいバリエーションが豊富なティーカップ。
そんなティーカップも、現在に至るまでに、さまざまなストーリーを秘めている。

現在のような薄手で白くやわらかい色合いの「磁器」がヨーロッパに生まれたのは、1700年代のこと。
それまでは、焼成温度の低い「陶器」が主流であった。

しかしながら当時の陶器は厚ぼったく、鮮やかな色合いを表現することが困難であった。
東洋との貿易により中国や日本の美しい磁器に出会ったヨーロッパ人は、
指で弾くとチンチンと音がし、色鮮やかで繊細な磁器に強く憧れを抱いたという。

ザクセン公国のアウグスト強健王が錬金術師であったべドガーに命じ、
ドイツのマイセンにあるアルブレヒト城に幽閉し白磁を作らせたのは有名な話。
1709年、ベドガーはヨーロッパで初めて美しい白磁の焼成に成功したといわれている。

さて、現在のティーカップは、飲み口の広がった浅い形状のものが多い。
対照的にコーヒーカップは筒型で容量も少ない小ぶりなものだ。

昔は両方の区別は現在ほど明確ではなく、
次第に明確化されてきた背景にはイギリスでの紅茶文化の発展が関わっているといえよう。
東洋から伝わった磁器のカップには当時ハンドルがついていなかったため、
いったいどのように持っていいのかという状況を象徴するような絵画も残されている。

コーヒーカップが筒型である理由として、
そもそもはアラビア地方の遊牧民がカップを長い筒型の入れ物に入れて持ち歩いたという説もある。
現在では、約100-150cc容量の筒型の小ぶりなものをコーヒーカップ又はデミタスと呼んでいる。

ティーカップのように飲み口が広がっていない理由として、
コーヒーの香りが飛ぶのを防ぎ、温度が下がらないようにするためとの見解もある。
色が濃いため、筒型形状のものはコーヒーらしい深い色合いが一層おいしさを漂わせる。

一方のティーカップは、飲み口が広く浅いものが主流で、
紅茶のやわらかな香りを広げ、高温でいれる紅茶の温度が適度になる。
また、カップに注がれた紅茶の色(水色:スイショク)は、
ある程度飲み口が広がった形状のほうが鮮やかで美しいのも事実だ。
飲み口が狭くなるにしたがって、紅茶の水色は濃い目に映る。

イギリスでよく見る形状に、若干背が高めで飲み口が少し広がっているタイプのものがある。
これは、濃い目の紅茶にたっぷりのミルクを注ぐミルクティーにちょうどいい。
カップは背が高くなるほど、水色も濃い目に映るため、
ミルクを注いだときの温かい色合いにはとても適した形状と思う。
このカップは、コーヒー用としても使用されることが多い。

日本茶の場合、茶碗に注ぐ茶の量は少なめが良しとされているが、
紅茶の場合はなみなみと注ぐほうがおいしそうに見える。
イギリスでは、なみなみと注いだ上にミルクをたっぷりと入れるので、
でも、皆あまり気にすることなく、笑顔で紅茶を片手におしゃべりを続ける。

おいしい紅茶を飲むためには、どんなティーカップを選べばよいですか?」というご質問をいただくことがある。
初めて購入する場合は、カップの内側が「白い色」で、飲み口が薄いものをお勧めしている。
理由は、カップに注がれた紅茶の水色を存分に楽しむことができるのと、
唇に触れたときのカップの繊細さが、紅茶の微妙な香味をしっかりと舌に届けてくれるからだ。

その後は、自分の好きな形や色合いのものを見たり選んだり試したり、紅茶香る時間をどんどん広げていこう。
内側に絵柄のあるものも、紅茶ならではの楽しみと感じる。
紅茶の淡く温かい水色を通じてカップに描かれた絵柄を覗くと、
描かれた可憐な花々などが新たな色合いで迎えてくれる。

ティーカップ&ソーサーだけにこだわらなくても、まずはマグカップからはじめてみてもよい。
気軽な気持ちでたっぷりの紅茶を楽しめる。

お気に入りのカップでのティータイムは、暮らしの中に鮮やかな彩りに満ちた時間を届けてくれる。


オーバンシェイプのもの
紅茶を飲む瞬間の目線で一番絵柄が美しく見えるように制作され、
創業者ジョン・エインズレイが愛したティーカップが原型となっている。
現在にいたるまで、エインズレイで一番数多く生産している紅茶用シェイプ。


アセンズシェイプのもの
飲み口が広く紅茶の色合いが美しく楽しめるティーカップ


ランカスターシェイプのもの
イギリスで人気のシェイプ。コーヒーとも兼用できる。


モカシェープのもの
コーヒー専用のカップとして、小ぶりの80ccサイズ。
現在は、ワンショットのフレーバーティー用としても愛用されている。

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