第9回 「世界最初の紅茶」

 日本の茶畑では八十八夜の新茶が終わり、夏にかけて二番茶を収穫します。
最近はこの二番茶を紅茶に仕立てる茶農家さんが増え、
今や全国で400軒を超えるまでになりました。

 紅茶用に適している茶葉は、べにふうき、べにほまれ、と渋み成分の
カテキンが多く含まれる茶葉が人気がありますが、
緑茶用に普及 しているやぶきた種でも、もちろん紅茶を作ることが出来ます。

 日本の国産紅茶を飲んでいて、いつも思うことがあるのですが、
それは紅茶の発祥地、中国の福建省で作られている中国紅茶の味が、
やはり同じ中国種の茶木だからでしょうか、味、香り、水色までもよく似ています。

 中国で最初に紅茶が作られたのは福建省の武夷山麓、桐木村というところです。
1630年頃のことでした。紅茶よりも数十年早く、ウーロン茶が作られ、
その独特なフルーツにも似た甘い香りが人気を呼んでいたのです。

 桐木村の人たちはその噂を聞いて、自分たちもウーロン茶を作ろうとしました。
緑茶よりもウーロン茶のほうが高く売れたからです。
ところが、ウーロン茶の作り方はとても難しく、半発酵という技術に
達することが出来ず、茶葉を揉みすぎて黒ずんだ茶になってしまい、
さらに、乾燥させる際に、火入れと言って松ノ木を燃やしたので、
その煙の臭いが茶葉に付着したのです。出来上がったお茶はウーロン茶とは
まったく違った、もっと味の濃い、松で薫煙された独特のお茶となったのです。

 武夷山のことを正山と言い、山茶で栽培していない自然の茶のことを
少ないという意味で小種、正山小種紅茶という名前が付けられました。

 松の香りは福建省で初夏に採れる龍眼という果物を乾燥させた
ドライフルーツに似ているところから、龍眼香紅茶とも言われ、
これがやがてイギリスに運ばれ、神秘的な東洋の香りとして、大人気を呼ぶのです。

 武夷山周辺はお茶の産地でもあり、後にここで作られた紅茶が東インド会社によって、
イギリスに大量に輸出されていきました。
武夷山のことをBOHEAと書いて、ボーヒーと発音します。
ボーヒーは紅茶の代名詞として長い間イギリス人が親しんだ紅茶の呼び名でした。

 煙の香りのする紅茶でしたが、本当は製茶の段階で煙が入ってはいけないことです。
正山小種も煙が入らなければ、まるでウーロン茶を 濃くしたような、
優しい、甘みを感じる日本の国産紅茶のようですが、
最初に薫煙を感じたイギリス人はこれを本物と思い、いまでもより強い 香りにした、
ラプサンスーチョンという銘茶になって残っています。

 ちなみにこのラプサンスーチョンは、イギリスではとても大切なお客さまや、
特別に気取ったお茶会で出されますが、漢方薬の正露丸にも似た香りなので、
なかなかお菓子とは合わず、スモークドサーモンやチェダーチーズしか相性が合いません。
 ホテルでアフタヌーンティーのときに、この紅茶を注文したら、
間違ってもイチゴのタルトなどと言わず、
スモークドサーモンと 一言、そして気取ってください。

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